類似の単語または同義語 匡伸

芳弘    0.675799

豊二    0.672451

仁史    0.670428

義徳    0.668895

宏行    0.661325

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晃二    0.658421

治男    0.656902

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順三    0.653023

類義語または同義語 匡伸

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鈴井 中学3年生のときに親の転勤により渡米。ロードアイランド州の高校を卒業後、日本に帰国して大学に進学。在学中に「任天堂・電通ゲームセミナー」に三期生として参加する。
鈴井 任天堂でのアルバイトを経て、大学卒業後はバンダイに就職する。これは、「コロコロやジャンプなどバンダイ世代だったので、そこを勉強したい、やりたい」という目的から。
鈴井 就職後は1年ほどで退職。他のゲームセミナー卒業生らと共に、1997年、24歳のときに「インディーズゼロ」を設立、代表取締役に就任する。当時バンダイの先輩だった内山大輔(後のバンダイナムコエンターテインメント)から「失敗するよ」と言われたが、「若いうちの方がやり直しが効くし、失敗するなら若いうちがいい」という考えのもと、独立を決めた。
鈴井 米国の高校に在学中は、「将来ゲーム業界で働くから、そこで稼いで恩返しするから」と親を説得して日本のゲーム雑誌やマンガ雑誌を定期購読し、ゲームソフトを日本から送ってもらうなどして日本語に接していた。言葉の通じない外国人が「ニンテンドー」を知っていることが嬉しく、米国に行ったことで日本の良さがわかったという。
鈴井 ファミ通に連載された有野のコラムでは「しゃべりがうまい」「おしゃべり上手」などと評されており、番組内では「おしゃべり社長」と呼ばれた。番組放送開始10周年記念プロジェクトとして制作された映画「ゲームセンターCX THE MOVIE 1986マイティボンジャック」(2014年2月22日公開)には、教師役で出演している。
鈴井 現在もたくさんのファミコンカセットを所持している。自分で昔から持っていたものと、知人やお世話になっている方から譲り受けたもの、『ゲームセンターCX 有野の挑戦状』の開発時に資料として購入した分などをあわせて485本、会社の倉庫に50音順に並べて保管している。
鈴井 「ゲームセンターCX 有野の挑戦状」は、そのバンダイナムコエンターテインメントから打診を受け、開発を手掛けることになった。
鈴井 ファミコンを親に買ってもらったのは中学1年生の冬。最初に買ったソフトは『ちゃっくんぽっぷ』。いろいろ遊びたいが、欲しいゲームがすべて買えるわけではないため、ゲーム雑誌を誰よりも早く隅々までチェックし、読んだ情報を友達に伝えて、自分が遊びたいゲームを買うように誘導していた。自分で買いたいゲームと友達に買わせたいゲームを蛍光マーカーで色分けしてチェックして欲しいランクをABCに分けて友達と交渉したり、最大で2年後の誕生日プレゼントまで前借りして親にねだるなどして、当時遊びたいゲームはほぼプレイしていた。。
鈴井 ファミコンの面白さにハマり、「ファミコンとの出会いがキッカケで開発者になった」という、いわゆる“ファミコン世代”。近年は、「ニンテンドー3DSガイド ルーヴル美術館」や「ファミコンリミックス」など、任天堂の宮本茂が手掛けるソフト開発にも関わり、“宮本イズム”を伝承する立場と評されている。
鈴井 堀井雄二やすぎやまこういちの大ファンで、ドラゴンクエストシリーズはすべて遊んでいる。「ドラゴンクエストⅠ」が出た当時からゲームソフトだけでなくゲーム中の音楽を収録したアポロン音楽工業から発売されたカセットテープも購入し、さらに当時パソコン誌に堀井雄二が書いていた連載を熱心に読んでいた。ゲーム業界に入ったら、いつか「ドラゴンクエスト」に関係する仕事をしたいと熱望していた。